
「SFを現実に」「生命の誕生」といったコンセプトをテーマに掲げるアートコレクティブ「LOM BABY」。そのLOM BABYをビジネス面で支える会社「Transeeds(トランシーズ)」を主宰するのが、浪岡さんと青木さんのBUNKA卒業生ユニットである。世界のアートシーンに名を響かせる彼らが活動の主軸にする“バイオアート”は、再生医療技術とDNA(遺伝子)合成技術を使い、空想上の生き物の部位を培養するコンセプトアートだ。対象となる生き物は、おとぎ話の登場キャラクターからゲーム、アニメキャラクターまで制約がないという。
彼らの夢は最先端の技術の融合で、実際に動き回る本物の生命を創造すること。アートの歴史上、誰もやったことがない領域に到達することを目論む。それをセンセーショナリズムに終わらせず、解釈が自由なアートで社会に投げかける。倫理観を含む論争の先に辿り着く、新しい社会規範の未来を思い描いている。

アーティスト・エンジニア・科学者などのメンバーから構成された「 LOM BABY」を運営するTranseeds 株式会社。DNA合成やブロックチェーン・人工知能(AI)を応用した最先端アートを次々と発表する。Forbes JAPAN(2025 年 6月号)で、クリエイターにフォーカスした『NEXT 100』に選出。2026 年 2月、株式会社カプコンとの最新コラボ「THE AUTHENTIC OFFICE」を渋谷 PARCOで公開。
「宇宙人のDNAをつくり、それをカプセルに入れ3Dプリンターで制作したフィギュアに封じ込めました。宇宙人と呼びましたが、未来の世界における宇宙空間で生存できる人類のこと。無酸素で生きられ、放射線耐性がある人々。『環境汚染された地域に裸で行ける人』を想定してDNAを制作しました」
「過去にアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の登場人物の綾波レイのDNAをつくったことがあります。彼女は東洋人ですが赤い目の持ち主。そこで黒目から赤目に変えるため、目の色素を黒にするDNA部分を「赤」い色素になるよう書き換えました。理論的にはこれで赤目の東洋人になります」
「龍のDNAからつくられた植物性タンパク質の塊を、龍の肉と呼んでいます。生命を生み出すという、『皆さんと社会倫理を共有しながら、どこまで許されるか考えていきましょう』というコンセプトアートですね。DNAの設計図をこちらでつくり、DNA合成を手がけるアメリカの機関に送り合成してもらいました」
「出身は北海道で、地元の大学で医療工学を専攻していました。でも入学してすぐにアートとインスタレーションの楽しさを知ってしまった(笑)。それでBUNKAに入り直しました。ファッションの学校というのもあるのかな、美大より圧倒的に雰囲気が良かった」(浪岡)
「新潟出身です。僕の親は建築系でその影響もあり、同時にファッションも好きで高校卒業後にBUNKAに」(青木)

「いま振り返ると、地方の高校生にはショーウィンドウが身近なアートだったように思います。ここが我々の出発点かもしれません。いまやっているインスタレーションやプロモーションアートも、言い換えれば自分たちの店のショーウィンドウのようなもの。だからインテリアのコースがある建築・インテリア学科に惹かれたんです。『空間作りである建築も、ショーウィンドウのデザインもできる』と思って」

「BUNKAでの4年間は価値ある時間でした。楽しかった授業以上に、人との出会いに恵まれましたね。僕らがやることを面白がってくれる先生、創造的で活動熱心な先輩たちと出会ってなかったら、いまの自分たちはなかったんじゃないかな。新宿、渋谷にはチャンスがいっぱいで、“東京らしいことができる”街。今も比較的BUNKAの近くにオフィスを置いていますしね。学科の後輩がインターンに来てくれてもいます」
「まずは“ 気の合う人”を見つけること。“ 友達 ”とも違う考え方です。心配しなくても、BUNKAなら気の合う人に絶対出会えますから。なにせ各地から有象無象が集まってくる学校ですし(笑)」
「例えば、イギリスのダミアン・ハースト※ は死を物質的にアート表現して芸術史に名を残すアーティスト。僕らは逆に『生命の誕生』を表す世界で初の作家になろうとしています。ファッションでも音楽でも、まだ誰も成し得ていない分野への挑戦」
「バイオアートは現実世界にしかないものであり、そこに魅力を感じています。学生時代にデジタルでビジュアル化していた作品に、いまでは次元と空間が加わるようになりました。DNAのように目に見えないほど小さくても、確かにそこに存在するのです」
「もっと素晴らしいアートを見たい、もっとすごい映画を見たい、もっと手応えのある小説を読みたい、そんな学生時代から抱いている想いがあります。これまで世界を巡りいろいろ見て来ましたが、満足しきれなかったんです。そこで生まれた『だったら自分たちでつくらないと!』という考えが原動力なのだと思います」