教員 ✕ 研究#09


  • 友禅染め伝統工芸士の肩書を持つアーティスト ―― 世界で通用する「考え方」とアートの哲学を説く



    造形学部デザイン・造形学科の瀬藤貴史准教授は、日本の友禅染めを応用したアート作家であり、熊谷染め(友禅・小紋)の埼玉県伝統工芸士でもある。「消えゆく技法を未来に継ぎたい」という想いを抱き、伝統とアートの両輪で、社会と学生を繋ぐ教育を実践している。※所属・職位は取材当時のものになります


    瀬藤 貴史 Takashi Seto 
    東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学保存修復工芸研究室修了。染色に関する古典技法の研究を行いつつ、現代表現としての友禅染作品を制作。実務として染色工場での勤務を経験し、染織技法に関する現状の調査なども行う。ニューヨーク・東京を中心に友禅染作品を発表し、染色における日本の古典技法を海外に発信する。2022年より本学教員。主な担当科目は「テキスタイルワークA」「テキスタイルワークBⅠ・BⅡ」「テキスタイルデザイン論」ほか。

    教員プロフィール

  • 東京藝術大学大学院時代に始めた「友禅染め」

  • 小紋染めの職人との出会いから、型紙の保存に興味を持ち大学院へ。



  • Q. 瀬藤先生は伝統工芸士として認定された職人であり、国内外で作品発表をするアーティストでもあります。さらに文化学園大学で教鞭をとる教育者で、その活動の軸になっているのが友禅染めです。この染めとの出会いはいつ頃でしたか。

  • A. 東京藝術大学大学院での修了制作に際し、先生から友禅染めを勧められたのがきっかけです。実家が染物工場でしたので、家業を通じて型染めの職人と出会ったことから、型紙の保存に興味を持り大学院に進みました。修士課程では文化財の修復・保存について研究していたのですが、いざ古来の技法で友禅染めを制作するとなると困難を極めました。そこで、友禅染めの代表的な京都や東京の工房を訪ね、文献調査とフィールドワークから古典友禅の研究を始めました。



  • Q.  江戸時代に宮崎友禅斎が友禅染めを確立する以前は、日本には『絵を描くように自由に布を染められる技法』自体が存在しなかったのでしょうか。

  • A. 実はそれ以前にも絵画的な技法はあったと考えています。日本画の歴史は古く、また、絹に描く技術も確立していました。ただし、膠と顔料を用いて描く日本画の技術は、膠の性質上、大量の水分や摩擦は苦手で、洗濯を伴う衣服に描くには不向きでした。

    江戸時代に入り、貞享5年(元禄元年/1688年)に刊行された『友禅ひいながた(着物の模様見本帳)』には友禅染めの特徴が記されており、その一つが「絵の具みずにいりておりす何、絹にかきても和也」という記述です。描いた模様が洗濯でも落ちないことをセールスポイントとして書いてあるということは、それ以前は、描いたとしても色や模様が落ちてしまっていたと推測できます。『友禅ひいながた』にはその特徴として、自由な下絵を描き、糊を置いて、染め分けるということも書かれています。

    衣服に自由な絵を描け、多彩な色を使えて色落ちしない友禅染めは、全国各地で人気となりました。



  • Q.  友禅染めを独学で研究していく中で、特に苦労されたエピソードを教えてください。

  • A. 現代の技法と古来の技法が異なっていたことです。友禅染めは商品を販売する産業として発展していったため、近年では、例えば餅米の糊は利便性の高いゴム糊に変わっていきました。僕がやりたかったのは古来の技法ですから、すでに失われてしまった技術については、今の時代の中で調べても、当時の答えに辿り着くことは難しいです。工芸品の職人技というのは、人から人へ直接伝えられていくものですからね。

    そこで美術館に行き、古い友禅染めの着物の写真を撮り、実寸に拡大し自分で配合した糊で染めては比べて、という作業を繰り返していきました。表現するための技法を探し求めて苦労した時期でしたね。日本で失われたものの価値の大きさに気づいた頃でもあります。




    友禅染めの制作風景





  • 友禅染めのモダンなアート表現で、世界に挑む

  • 職人や伝統の価値が認められる社会をめざし、ニューヨークでアート発表を続ける。



  • Q. 友禅染めの歴史的な技法を、前衛的な現代アートに用いるのも瀬藤先生のユニークな個性です。伝統技法をアート表現に転用するという試みを始められたのは、いつ頃でしたか。

  • A. これも大学院時代です。博士課程への進学を考える中で、保存修復工芸研究室か工芸科染織研究室かで悩んだことが転機でした。当時は文化財や古い道具を修復する保存修復工芸研究室にいたのですが、染織研究室は現代アートも扱う領域。修了研究制作やその後の研究生として染織研究室で過ごすうちに、現代表現を用いた古典技法の継承などに可能性を感じました。その後、保存修復工芸研究室の助手として2年、工芸科染織研究室の助手として1年勤めます。

    結果、博士課程へは進学しなかったのですが、この修士課程の時期と助手の時期に各地の美術館や博物館の方々と知己を得たことは大きかったです。その後、さらに「現代アートで染色をやろうとする学生や社会人に、古い技法を教える」という役割をいただきます。そこで指導するうちに、アートによる表現でも、文化の継承や保護ができるのではないかという視点に結びついていきました。



  • Q.  アーティストと伝統工芸士との区別が、ご自身の中にありますか。

  • A. いいえ、僕の中ではアート制作と文化財保存の間に、さほど大きな差はありません。もちろん、僕自身の中のアーティストと伝統工芸士との区別も意識はしていません。アート活動も「日本の伝統を未来へ繋げたい、多くの人に伝統に関心を持ってもらいたい」という思いで取り組んでいます。その根底に、「道具や材料、技法を守りたい」という強い想いがあるからです。僕が職人という技術者だった頃、作品を作っても、技術の伝承を訴えても、なかなか社会に声が響かないことが多かったのです。それが今、アーティストという肩書で作品を発表するようになり、これまで届きにくかったところまで、声を届けることができています。



  • Q.  職人たちの声の代弁者でもあるのでしょうか。

  • A. 一人の職人として、僕自身が技術に特化した時間を過ごした経験もある中で言うと、残念ながら社会的なスポットライトが当たりにくい部分もありました。でも、アート作品を通してならば、職人技の大切さに異なる視点から興味を持ってもらうことはできます。「技法は大事ですよ。道具も大事ですよ。」と僕は昔から言い続けてきました。それがアーティストとして活動し、准教授という立場になり、同じ言葉でもさらに遠くまで声を届けられるようになった。そんな実感を抱いています。




    2024年の個展『瀬藤貴史~Layer of time~ 今につづく江戸の技法』は、群馬県の富岡製糸場世界遺産登録10周年記念として開催。日本の絹産業発展を支えた歴史的な施設に、伝統的な染織技法によって制作された作品が並んだ。「伝統的な有形文化や無形文化は、そこに存在するものの形を守るだけでは、気付けない部分が消えてしまうこともあるかもしれません。伝統文化や技法は、様々な技術の継承や地域の人々の絶え間ない努力により形成されています。しかし、それを支える技法の道具や材料が日常の中で知られる機会は少なく、現在では人材確保や素材の供給など厳しい状況が続いています。先人が受け継いできた伝統的な価値観や表現を学び、理解しつつ、未来へと続く新たな表現にも役立てて、過去における“今”と、未来へと続く現在の“今”を受け継いでいきたいと考えたのが本展示のメッセージです」。

  • Q.  瀬藤先生はニューヨークのギャラリーを中心に作品を発表されています。世界に日本の伝統技法を示すことにどんな意義を感じますか。

  • A. 日本と海外では「伝統」に対する発信力や受け止め方に違いを感じます。日本人は自国に伝統があることを当たり前と思っています。一方で、歴史の中で体制や宗教が劇的に変わる経験をしてきた西欧では、伝統技法や歴史への意識がとても高い。日本で暮らす僕らが気づかない「当たり前」の中に、彼らは価値や未来を見出します。

    国際的な競争力は、日本独自の発想にこそ生まれるもの。そのヒントが伝統の中にあると僕は考えています。技術そのものというよりも、その見せ方や感性の部分、楽しみ方に、現代の産業においても有益な部分が多いと感じています。他国と渡り合う「個性」を得るために、昔の人たちが何を考え、何を成してきたのかに目を向けるべきです。そこに立ち返ることで、個性的な新しいものを生み出せるのではないでしょうか。




    2025年、ニューヨークで行った『TAKASHI SETO: MOMENTS OF ARRIVAL』は、ニューヨークにおけるアジア美術の祭典「Asia Week NY」の一環として開催された。現存最古の染色技術書と言われる『紺屋茶染口伝書』(1666年)に記載された材料や技法を参考として、独自の解釈を加え制作したパネルは、「寛文6年の視点を持って、当時の人々の立場や、手に入れられるモノ、技法材料などを考えワクワクしながら制作した作品です」。





  • 学部をまたいでテキスタイルを教えながら、アートの本質論も説く

  • 単なる“もの作り”に留まらない、「考え方」と「伝え方」を学生たちの未来へ繋いでいく



  • Q. 瀬藤先生は造形学部に所属なさっていますが、服装学部の授業も担当されています。どちらも担当科目はテキスタイルですが、友禅染めを教えていらっしゃるのですか。

  • A. いいえ、実習の授業では主に「型紙染め」の技法を教えています。というのも、友禅染めを授業で実践するのは非常に大変なことなんです。着物の構造理解はもちろん、糊の配合、染料の知識、日本画の素養も必要です。これらを網羅するカリキュラムを組むのは難しいことですが、知識として触れることで、学生たちがいつかその重要性に気づく種まきになればと願っています。

    例えば、ファッションクリエイション学科1年次の「テキスタイルデザイン論」はオムニバス形式の授業で、さまざまな教員が専門分野を講義します。僕の担当講義では、過去から現在に至る染色技法や材料を中心に、染色の成り立ちについて伝えています。無形文化財は人間にしか引き継げないので、こうして講義をすることで少しでも興味を持ってくれる人が増えたらありがたいですね。



  • Q.  現役アーティストでもある立場からのアートの指導はどうでしょうか。

  • A. 学生には、アートとは単なる「もの作り」ではないことを伝えています。大切なのは、作品の裏側にある「伝えたい想い」です。作品は、それが表現として形になった結果に過ぎません。社会生活の中で疑問を感じることや、世の中で正しいとされていることに対して抱く「自分の違和感」などと向き合う気持ちこそが大切で、自身が望むより良い社会に向けて行動していくことがアートだと、僕は考えています。

    もう少し踏み込んで言えば、アートは作品に「どう付加価値を付けるか」を追求する行為です。本来、作者と受け手(鑑賞者)は互いを知りません。それがアート作品の立ち位置です。しかし、作品を通して「私はあなたを知りたいし、あなたにも私を知ってほしい」と語りかけ、受け手がそこに価値を見出す。これがアートの本質と考えます。この想いが結実した作品は、人種の壁を越え、世界の人々と深く交流できるでしょう。

    服装学部と造形学部、どちらの学生にも、指導する時の気持ちは一緒。僕は服装も一つの想いを伝える手段だと思っていますから。毎日着る服を選ぶ時だって、人に何かを伝えたいことが無意識の中にあるからそれを選ぶのでしょう。単にお洒落を楽しむ人生なら、深い追求は必要ないかもしれません。しかし、もし「自分の想いを伝えたい」という気持ちがあるのなら、アートと同じく「伝えたい想い」を大切にしてもらえると嬉しいです。



  • Q.  2027年度から、デザイン・造形学科に「クリエイティブアートコース」が新設されます。瀬藤先生が担当するこのコースではどのような教鞭をとることをめざしていますか。

  • A. 染色以外にも、織物、平面、立体を専門とする教員が連携し、分野をミックスした新たな表現への挑戦をも可能にするのが、新コースの大きな特長です。 染色に関しては、基本的には僕が歩いてきた道を学生たちに伝える授業になるでしょう。大切にしたいのは、作品は作りますが「作ることは伝えるための手段であり、作ること自体が目的ではない」ということです。作品を通して何を伝えたいのか。社会と繋がっていくための「考え方」を身につけてもらいたいと思っています。

    卒業して社会に出た後に求められるのは、課題に対して「どう解決方法を提案するか」ということです。その時に、しっかりとした哲学や知識を持ったアーティストであってほしい。ですから、「もの作りではなく、アート作り」をするコースにしたいと思っています。そのために必要な技術はしっかり教えます。




       



  • 目を引くモヒカンヘア、パンクロックのような服装。瀬藤先生の個性は外見にも及ぶ。「僕がこの見た目でも許されるのは、伝統工芸士、アーティストという肩書があるから。学生たちが見た目とのギャップを面白く感じ、またそれをきっかけに伝統工芸の世界を覗いてくれたら嬉しい」と語る。まさしく表現者であり“伝承者”でもある、ワンアンドオンリーの存在感のある先生だ。


    記事制作・撮影
    一史 (編集ライター/フォトグラファー)

  • COLUMN


  • 文化財を支える技術の継承をめざして
    「相馬野馬追」旗指物制作


    例年5月に福島県相馬市・南相馬市・浪江町で開催される「相馬野馬追」において騎馬武者が背負う旗指物を、瀬藤先生は学生と一緒に制作している。相馬野馬追は国の重要無形民俗文化財に指定され毎年10万人以上が来場する神事・祭りだが、近年は地元の旗指物制作者が減少しているといった問題も抱えている。そこで、相馬野馬追の文化を学ぶとともに、旗指物の制作を通して文化財を支える技術の継承を考えることを目的としたコラボレーション科目(※)を開講している。
    ※ 通常の授業期間外に短期集中で行われる、実践的かつ多面的な特別プログラム

    「旗指物は、現在使用されている旗を調査して制作します。使用する人、継承する人、地域文化に関わる人など多くの人の想いや組織が関わっていることを学び、表現という自由を求めるには、技術と責任が伴うことを理解してもらえればと考えています。将来、学生が日本の伝統文化に対して理解を示し、文化を発信し支える人材となる事を期待しつつ、この経験がそれぞれの制作や人生の選択肢を増やすきっかけになれば嬉しいです」(瀬藤)