教員 ✕ 研究#05
着心地がよく美しいワークウェアの研究。機能性とデザインの両立に、人間工学的なアプローチからめざす
信州大学と共同で、患者を救急車に乗せて運ぶ救急隊員の活動服(ユニフォーム)の研究を開始。2022年、論文を発表した。
Q. 職業を限定した衣服の開発に「研究」の視点からアプローチすることは、大学ならではだと思います。亀谷先生は以前より医療従事者の仕事に興味を持っていたのですか。
A. 直接的なきっかけは、信州大学から文化学園大学に共同研究を持ちかけられたことです。工学系の信州大学には「繊維学部」という珍しい学部があり、科学的に繊維が研究されています。ですが、服づくりの専門家はいませんので、ファッション全般に詳しい本学に声が掛かったのです。以前より関心があったか?と言われると、研究対象にはしていませんでしたが、(救急隊員や警察官などの)制服を着て頑張って働いている人たちを応援したいという気持ちは持っていました。研究するきっかけを与えられたことで、その気持ちがぐっと高まりました。
Q. 救急隊員の活動服は上下セットだと思うのですが、下衣(パンツ)だけの開発だったのはなぜですか。
A. 上衣は、すでに研究が進んでいるからです。活動時の上半身の動きは研究事例が多く、スポーツメーカーなどでも製品化しています。ところが救急車外で患者を診るときのシチュエーションはあまり考えられてきませんでした。そこで実際の隊員たちにパンツについてアンケート調査した結果、出てきた希望の70%が「膝の突っ張りの解消」、加えて「腰回りの収まりの改善」でした。隊員たちは膝を床について作業します。そのしゃがみ姿勢を楽にすることが、わたしが服のパターンで実現させるべき点だと気づきました。
Q. 亀谷先生が生み出したパンツは、スタイリッシュな細身シルエットも印象的です。どのような工夫が込められていますか。
A. ファッションの専門家として気を配ったのが、立ち姿をカッコよく見せること。活動服のパンツは動きやすさが重視され、隊員たちは大きめのダボッとしたサイズを選びがちです。でもそれだと美しいファッションにはならないのです。着る人の士気を高めるには見た目もとても大切でしょう?ハードな環境で働くからこそ動きやすさだけでなく、着たくなる服、誇りに思える服が必要だと考えました。そこで考案した工夫が次の2点。膝横の開いたタックと、ヒップの収まりのいい切り替えです。タックは膝を自在に曲げられゴロつきも感じにくくしました。立つとタックが閉じてサイドのシーム(縫い目)と一体になり、すっきり見えます。もうひとつのヒップ周りは、ヨーク(切り替え)部分をバイアス(斜め方向)にカットした生地で切り替えることで激しい動きに対応させています。これにより腰の安定感が増しました。
Q. 現代の高齢化社会では医療の現場が社会の軸になっていきそうです。そこに関わる人たちが快適に過ごすためのパンツの研究がこれまで遅れていたことは意外です。
A. 救急隊員の活動服は1967年に消防吏員服制基準で基礎が定められ、下衣は1988年に改訂されてから現在も同じ仕様が続いています。昔は救急車で患者を運ぶことが中心だった仕事に加えて、現場で応急処置も行うようになりました。時代の移り変わりで仕事の内容が変わっているのに、ユニフォームは改良されてこなかったのです。このことには、製造に必要なコストの問題など様々な事情が絡んでいきますので簡単に解決できる話ではありませんが、この研究が助けになれたらと願っています。
デザインも仕立てもオールラウンドにこなす亀谷先生の元には、様々な学生が集まる。
Q. 亀谷先生が受け持っている授業はどのような内容ですか。
A. 服をつくること全般です。服装造形の理論と、基礎となる人体のこと、そしてデザイン設計について教えています。具体的には「ファッション造形学」「ファッション造形実習」「ドレーピング」といった科目です。
Q. 卒業研究のゼミの学生には、同じ教室内で個別に服づくりも論文の指導もなさっています。頭の切り替えが大変そうです。
A. ファッションクリエイション学科の卒業研究では全員が論文を書きます。わたしのゼミには、研究の手法として服をデザインして縫うことが中心の学生も、実験や調査が中心の学生も両方います。今年のゼミには阿波踊りの衣装について調べている学生がいるんですよ。子どもの頃から踊ってきた学生で、衣装が着崩れることに疑問を抱いて「阿波踊りの動作に適合した着崩れにくい衣装製作」をテーマに研究をしています。わたしが研究している機能性と深く関わるテーマですので、教員としてもやりがいを感じながら指導しています。
Q. 衣服の機能性と言うと、スポーツウェアやインナーのような快適さを追求する機能性アパレルのイメージがあります。先生の研究対象は、衣服の快適性としての機能性分野とはどう異なりますか。
A. 衣服における機能性には快適性・安全性などの要素があります。わたしの研究領域は運動機能性の考慮に対して実際のデザイン設計と製作でアプローチすることです。それに対して評価・検証を行う「機能性」の分野もあります。
豊かな修学歴を持つ亀谷先生。母国で培った別の分野から飛び出し、日本でファッションを学んだ。
Q. 韓国ご出身の亀谷先生は、どの国で服づくりを学んだのですか。
A. 日本です。韓国ではファッションとは無関係のコンピュータープログラムを学び、人に教える仕事をしていました。ファッションを学ぶために日本に来て専門学校でスタイリングを学んだあと、文化学園大学(当時は文化女子大学)に入学。そこで初めてパターンの勉強をしました。そのまま大学院まで進み、学部時代の先生に薦められたこともあり、教員への道を進むことにしました。
Q. 学生時代に興味があったファッションのジャンルはどのようなものですか。
A. まずデザインが好きで、考えたデザインを形にする工程も好きでした。当時不満に感じていたのは「おしゃれは我慢」という考え方。例えば、かっこいいのに着心地が悪い服。高い価格ならもっと着やすくできないの?という気持ちを抱いていました。大学院での研究テーマは人体の下半身について。座ったときの体表面伸長率を正しく計測する方法を検討し、着心地に影響を与える要因を加味したパターンを採取する、という研究です。いま振り返れば当時から、人の動きや服の機能が好きだったのかもしれません。
美しくおしゃれな服の裏側には、つくり手が頭を悩ませた工夫があるもの。近年、ワークウェアやミリタリーウェアなど活動的な服が街着になる例も多い。亀谷先生のような機能性と審美性を兼ね備える衣服の研究がもっと広がっていけば、様々な職業の人が仕事中でもスタイリッシュでいられる日がきっとやってくる。
記事制作・撮影
一史 (編集ライター/フォトグラファー)
COLUMN
2024年度コラボレーション科目
「イタリア・ファッション研修」
コラボレーション科目は、通常ではできない実践的・多面的授業として通常の授業期間外に短期集中として行われるプログラム。亀谷先生は2024年9月、9日間のイタリア研修旅行を実施した。参加した学生は学部学科、学年をこえた39名。
「学生時代に異文化に触れて欲しいと願って毎年企画しています。フィレンツェではフェラガモ美術館、古式織物工房・財団「Fondazione Arts Srta Lisio」、ミラノではウフィッツィ美術館、スカラ座舞台・衣装工房「Laboratori Scala Ansaldo」、アルマーニ博物館のほか、テキスタイルメーカー「REDA」本社の工場見学も行いました。個人旅行では行けない場所や普段目にすることができないモノづくりの現場を行程に組み込むことで、学生にとっては非常に良い経験になったのではないかと思います。」(亀谷)