教員 ✕ 研究#04
流行を生み出す“社会”とは何なのか? ファッション社会学を専門に時代の動きを日々探り続ける
2007年より文化学園大学教員。日本近現代メディア史、服装文化史、服装思想史を軸にする研究者として、服装学部ファッション社会学科で教壇に上る。
Q. 田中先生の幅広い研究対象の共通点は、リアルな街の流行や社会での衣服の存在意義にあるようです。ファッションの研究者として、デザイナーズモードのヒストリーよりも社会性に興味を持った理由は何ですか。
A. 実は若い頃はファッションにさほど関心を持っておらず、大学時代は日本の純文学や近代史を勉強していました。卒業研究の時期になり、研究対象として調べ出したのが女性誌の『主婦之友』。思い起こせば妹がファッションが好きで、家には常にファッション誌があったことと、若者ゆえの「女性にモテたい」という気持ちから、女性がどのようなことに興味を持つのかなどに関心があったのかもしれません。ファッションの世界が面白くなり、修士課程在学中にはファッションスクールにも通いました。深く知るにはつくり手の勉強もしないと、と考えたからです。やるからにはとことん調べたい「文系マッチョ」な考え方ですね。ちょうど “裏原ブーム” だった1990年代後半のことです。
Q. そのような大衆の生活に根ざす服装を研究した学生時代に、社会学からファッションを捉える研究者になろうと決めたのでしょうか。
A. いいえ、修士課程の終わり頃、一度研究者の道から離れようと様々な会社に応募しました。それに応えてくださったのが、歴史的な雑誌『暮しの手帖』を発行している㈱暮しの手帖社です。雑誌研究者として記事を読んでいるときにはその「結果」しか見えていませんでしたが、実際に記事を作る側に回ったとき、ちょっとした挿し絵や、表現にも発信側のこだわりが隠れていることを学びました。また、表には出ない色々な交渉を経て初めて記事が完成することも分かり、史料としての雑誌をより注意深く読むようになりました。ただ、実際に働く中で、研究と実務どちらをとるか迷い、立教大学の大学院で論文に向き合うことにしました。博士号を取得しつつ様々な先生たちとの出会いを経て、文化学園大学(当時は文化女子大学)で働く機会を得て今に至ります。
田中先生の主な研究内容は、「日本近現代における女性雑誌の変遷とその中で表現された服装美の価値観(おしゃれ)」「服装に現れる社会規範とメディアの近代史」「戦後日本ファッションとポップカルチャーの関係性について」など。
Q. 我々の生活文化の一つであるファッションですが、一般的な研究対象は西洋を中心にしたモードデザインが多いように思います。田中先生の研究対象である「ファッションを社会学的に捉えること」に、どのような面白さを見出していますか。
A. 服飾はコミュニケーションの道具だということがまず興味深いです。人は単独でなく群れて生きる生き物です。入れ墨を身体に彫ることも、顔に化粧して歩くこともそこに「社会」があるからこそ。その社会の中から、ファッションデザイナーが考える「個人」の表現が生まれてくるのです。私がより興味を抱くのは、個人活動の大元となった“社会規範”なんです。
Q. 2019年に、日本社会の特徴的な新入社員のスーツ姿についての著書『リクルートスーツの社会史』を上梓されました。そこにはどのような思いがあったのですか。
A. 皆が同じ服装になるリクルートスーツは、同調圧力の強い日本ならではの「個性が見えない普通の服」として、ファッションの世界では悪例とされがちです。でも私は「普通の服ってカッコいいよね」と思っているんです。そんな素朴なスーツを救いたい気持ちで本を書きました。 1970年代後期の出現から1990年代までリクルートスーツは男性のものでした。改正男女雇用機会均等法が段階的に施行される1997年以降、総合職を志願する女性が増えました。この時期以降女性向けリクルートスタイルがつくられていったのです。服の色は当時の流行に即したグレーから黒へと移り変わっていきます。スカート丈も流行の短めからひざ丈へ。女性の就活の服装は、2004年頃に定まったスタイルが大きな変化なく現在も続いています。
Q. 田中先生はこれまでの論文でファッションイラストの大家である中原淳一、女子大生や若手のOL層が好んだファッション誌の『CanCam』、モード誌『装苑』の1960年代以前など幅広いジャンルを取り上げてきました。近年の研究にはどのようなものがありますか。
A. 例えば、1990年代の原宿。『Zipper』『CUTiE』『KERA』などの若い層に影響力のあったファッション誌を分析すると、当時のファッションが持っていた熱のようなものが、これらの雑誌から読み取ることができます。当時はファッションを伝えるメディアと言えば主に雑誌でしたから。さらに、原宿はどのようにして若者の聖地というイメージになったのか、その街自体の歴史も探っていて、90年代だけでなく『an・an』『non-no』の1970年代や戦後まで遡り調べています。ファッションには都市開発やメディアイベントも大いに関わっていることがわかります。
田中先生が担当する授業は、ファッション社会学の基礎となる演習科目と、3・4年次対象の専門ゼミや卒業研究、そしてファッションメディア論など。
Q. ファッション関連の歴史の講義や学生の研究発表に加えて、オリエンテーリングのような屋外活動があるのは意外です。
A. 実は文化学園の敷地内は歴史の宝庫です。歴史を実感するためには、教室から外に出て自分の目で見てもらうことが有効だと思っています。遊び感覚でキャンパス内の歴史に触れられる場所を探すという課題を、1年生必修の「キャリアデザイン(導入編)」に取り入れました。例えば、敷地内にある文化服装学院のシンボルだった円型校舎の姿を眺められる、東西南北を指し示すランドマークを探すというお題。そのランドマークと円型校舎の姿、ふたつを同時に写真撮影できれば課題クリアです。そうした活動を通して、チームで問題解決する方法や論理的な根拠の示し方などを、体験しながら身につけていきます。
Q. ファッションの流行や社会との関わりを学ぶ学科が、学生たちが就く仕事にどのように役立つとお考えですか。
A. まず、社会における服の位置を把握できること。それはアパレル企業で働くのに大変有効だと思います。アパレル以外の業界でも、ファッションカルチャーの歴史を知っていれば、企画を立てるにしても上司にプレゼンするにしても説得に深みが出るでしょう。ファッション社会学科にはビジネスの方法論を学ぶ授業もあります。
Q. 田中先生のような「ファッション社会学の研究者」は将来の進路としてめざせるものでしょうか?
A. どうでしょう(笑)。大切なのは、「ファッションだけ」ではなく社会学や歴史学などファッションに密接に関わる分野も修得すること。研究活動は、好奇心を持ち知識を一つひとつ積み重ねていく作業が必要です。私の場合は日本近代史の研究者をめざしてキャリアを積み、そこにファッション分野を融合させていきました。この分野を現代の日本でゼロからはじめるのは難しいかもしれません。むしろ海外に対して、日本のファッション文化のすばらしさを伝える活動が面白いと思います。日本のファッションに興味をもつ人がまだまだ海外に多い現在であれば、重宝されると思います。
COLUMN
社会とリンクしていくファッションの正体
「ファッション社会学とは一体何か、がわかる本」
『[新版]現代文化への社会学』(北樹出版, 2023)は、インターネット以前の1990年代と現在を比較しつつ、日常生活になくてはならない現代文化についてその仕組みを具体的に読み解いた本。田中先生は第5章でファッションをテーマに執筆した。
「『ファッション・スタディーズ 』(フィルムアート社, 2022)は哲学、社会学、文化人類学、メディア論、ジェンダー論、環境学、デザイン論といった多様な分野とファッションの関係を捉えるのに参考になる本で、例えば「ルッキズム」など今の社会で最重要トピックとされるテーマを扱っています。」(田中)