教員 ✕ 研究#03
ニットと刺繍のスペシャリスト。最新テクノロジーでサステナブルな工業製品に挑む
刺繍テクニックは、BUNKAの教員になり最初に研究しはじめた思い入れの深いテーマ。大学に工業用マシンが導入されたことがきっかけだった。
Q. スカルをモチーフにした刺繍シリーズが、とても美しくスタイリッシュです。まるでアートのようですが、コンピュータプログラムによる工業刺繍でこれほどのモノをつくれるとは驚きました。
A. 「どうせやるならとことんまで」、という自分の性格が投影されているのでしょう。制作に入る際にまず考えるのは「人の手がなるべく入らないで量産できるものを実現するにはどうしたらいいか」ということ。よって、これらはアートを目的にしたものではなく、刺繍工場で使われているマシンで何ができるかを探究した結果の作品です。大切なのは作品性の高さよりも、社会に役立つ可能性を見つけ出すこと。
この研究をはじめたのは所属する研究室に工業用マシンが導入された10年前。当時工業用(アパレル用)の刺繍機を設置した大学は本学が初めてだったと思います。学内にもこの分野を研究している先生がいなかったので、私が担当者になりマシンを操作するようになりました。学生時代は情報系の大学でシステムエンジニアを養成するコースで学んでいましたから、マシンについて苦手意識もありませんでした。服づくりを学んだのは大学卒業後に入学した文化服装学院。その後、大学教員の道に進みました。服づくりの知識としては本学の服装造形分野の先生方には及ばないので、導入されたばかりの刺繍マシンを究めようと、研究対象として没頭していきました。
Q. スカルシリーズ3作品の解説をお願いします。
A. まず、宙に浮いているような植物のレース刺繍は、テーマが「多色使い」です。一般的なレース刺繍では1色しか使わないのに対し、この作品では15色使っています。単純計算すると15本の色糸での刺繍ということですね。入念にコンピュータでプログラムを組み、マシンに糸をセットしてつくり上げました。レースの美しさを際立たせるために隙間をつくり、2Dを3D化して奥行きを表現しています。
白のスカルのほうは、彫刻のレリーフのような「立体刺繍」がテーマ。厚さ5cmまで対応できるマシン性能をフルに発揮させた立体表現に挑みました。スカルの形にカットした不織布を何枚も重ねて土台にして、その上に刺繍をしています。オブジェが自然に斜めに盛り上がるように、不織布を微妙にずらした大きさにカットして重ねたのが制作上の大きな工夫です。このカットも本学が所有している工業用の裁断マシンによるもの。人の手をなるべく減らし(※本来、プログラムを完成するまでにはマンパワーの膨大な手間と時間が必要)、マシンメイドの可能性を探りました。
黒い絵画のようなスカルのテーマは「グラデーション」。平面刺繍をどれだけ立体的に見せられるか追究したものです。パッと見は黒白のモノトーンに思えるでしょうが、実は20色もの色糸を使っているんです。プログラムを完成させてから、実際の刺繍に要した時間だけでも7時間かかった大作。世の中で同じプロセスでファッションアイテムをつくろうとするなら、コストが見合わない製品になってしまうでしょう。
Q. 刺繍を学生に教える授業はありますか。
A. 機械刺繍の授業はないので、授業で学生に教えることはありません。あくまでも自分の研究対象としてスカルシリーズのような作品を「教員研究作品展」で発表したり、参考として学生に見せることはしています。「それだけではもったいない」とのありがたい言葉をいただくこともあるとはいえ、なにしろものづくりを突き詰めることが好きなもので(笑)。私の作品を知った学生から、ファッションショーや卒業研究でマシンを使いたい、機械刺繍をやってみたいという希望はときどきあるので、その場合は直接教えています。現在刺繍作家として活動されている卒業生の大川柊子さん。彼女は刺繍に興味を持ち、卒業研究でここの設備を使って素晴らしい作品をつくっていましたね。
無駄をなくすSDGs、誰にでもつくれるオリジナルウェアといった、ニット産業の新しい形を探るのも重要な研究課題。授業を受け持ちながらも、一般社会にもダイレクトに関わる。
Q. 二ットは若月先生が学生と直接関わる分野です。BUNKAには自動でニットウェアが丸ごと編める「ホールガーメント」のマシンが何台も揃い、授業で活用されていますね。
A. 「ニットCADⅠ・Ⅱ」の授業でホールガーメントのニット編みを教えています。ただし複雑なコンピュータプログラムまでは学生に要求していません。私がつくったプログラムを学生が使い、好きな糸でニット製品をつくることを主軸にした授業です。プログラムまでやりたい学生にはもちろん教えます。授業時間外であっても、やる気がある学生にはできる限り対応するのが私のやり方です。
二ットも刺繍と同様に、本学にマシンが導入された約10年前から私が担当しています。なぜかと言うと、本学のファッションの先生方は「服のプロ」ですが、マシンのプロではなかったことが理由のひとつにあります。その点、システムエンジニアの勉強をしてきた自分は「機械の言語」を苦労することなく両方の分野で扱えますから。現在の授業では学生にミシンの使い方、縫製仕様といった知識も含めてニット全般を教えています。
Q. 最近はどのようなニット研究をしていますか。
A. 大きく分けてふたつあります。ひとつは「サステナブルなニットづくり」。ニットは糸一本まで無駄がない服と言われますが、工場で糸巻きの糸を最後まで使い切ることはできません。どうしても余ってしまうその糸をつなぎ合わせ、いろんな色が混じった一本の糸に集約し、ひとつの糸巻きとして再生させることを研究しています。
さらにその糸で袖や身頃などの各パーツを編むだけでなく、ホールガーメントのマシンで一気に完成した製品を仕立てるノウハウを確立させるのが狙いです。生産効率のいい服づくりでないと余計なコストがかかってしまいますから。
どれほど効率よく生産しても材料は必ず余る。この「残糸ニット」は、単体でも使用できない残量の糸同士を繋いでホールガーメント編み機で作成した無縫製ニット。ごく少量、数グラムの残糸でも使用が可能で、様々な糸を繋ぎ合わせて編むため、不規則なボーダーとなる。製造工程での余剰材料の廃棄を削減し、商品化するためのアイデアだ。
もうひとつ、最近力を入れている研究が、3Dバーチャルシミュレーションを活用した「世界に一着だけのニット」。パソコン上で好きな編み模様を配置する製品づくりです。これもホールガーメントのマシンにデータを流し込むだけで完成します。モニター上で描いた絵を編み模様にすることも可能になります。この研究は、昨年「渋谷ヒカリエ」で一般客による実証実験を行った際、好評を得ました。まだ開発段階ですが、このシステムが実用化されれば、パソコンでもスマホでも自分のデザインのニットをつくれるという、ニット産業の新しいプラットフォームの一つになるかもしれません。
学生が、所属する学科以外の教員に教えを請うのもBUNKAではときどき聞かれる話だという。各ジャンルの専門家が集まる教員同士も交流する。そこから生まれるものとは。
Q. BUNKAの教員としてこの大学の良さはどのような点にあると感じていますか。
A. まず設備が整っていることを誇りに思っています。さらにその設備にはそれぞれ専門家がいるのも重要なことです
。優れたマシンがあっても、使える人、教えられる人がいないと役に立ちませんから。その点で本学はまったく問題がないと考えています。さらに、学生も先生も所属を越えて交流があることは本学の大きな特徴でしょう。例えば文化ファッション大学院大学の稲荷田名誉教授の呼びかけによりスタートした「新ものづくり研究会」。ここでは文化学園内の教員だけでなく、他校や企業と一緒に新しい服づくりの研究を行っています。
自分は服装学部ファッションクリエイション学科の教員ですが、授業とは関係なく別の学科の学生にニットを教えることもあります。それは先生の紹介だったり、学生自身からのアプローチだったりで関わるケース。「ニットの技術でこんなことできませんか?」といった相談を持ちかけられると断れない(笑)。
積極性がある学生には先生もとことん付き合うのが本学の校風。ただし、誰でもクリアできる簡単な課題は持ち込まないでほしいのが本音。「どうすればいいんだろう?」とこちらが頭を悩ませるような難題だと、悔しくて熱意が高まります。自分の研究同様、どうせやるなら「世の中にないもの、難しいもの」に挑戦したいと思っています。
ニットは、布の服より製造の無駄が少なくリサイクルの可能性も期待されている、いま世界中で注目のジャンル。マニアックな実験をそれだけに終わらせず、実用的なデザインシステムに落とし込む若月先生の、この先ますます重要になるニットおよび刺繍の研究が社会でどう活かされるのか、学生たちにどう刺激を与えるのか期待が高まる。
記事制作・撮影
一史 (フォトグラファー/編集ライター)
COLUMN
ファッションビジネス学会研究報告
「遠赤外線繊維「光電子」を利用したニットジャケット試作」
光電子とは、株式会社ファーベストが開発したセラミックス状の素材で、セラミックスを繊維に練り込むことで布地や中綿などでも遠赤外線のふく射により直接人体を保温する機能と、リラクゼーション効果・疲労の軽減、回復・睡眠の質向上という3つの効果が確認されている。若月先生は、一般的な毛糸と光電子糸との交編によって光電子機能を付与したニットアイテムを考案した。
「「新ものづくり研究会」で企画し、取り組んだ研究です。テレワーク等の多様な働き方に合わせラフな仕事着を提案したいと思いジャケットを試作しました。毛糸と光電子糸との交編による編成方法を考案し、その編成方法を用いたニットアイテムの製作方法を検証。多様なニットアイテム展開の可能性が確認でき、さらにホールガーメントと同程度に廃棄量を抑えることができました。」(若月)